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帰ってきました
父の手術は午後から
午前中に一人そのあとが番である
はじめ1時ごろからと言われていたのですが
呼びに来たのは2時45分
まあまあそこまでは親父本人がいるから
いろいろ話しながら 義姉、小町っちゃん、私と病室にいましたが
(病室では 親父も私も涙流しながらひーひー笑っていました
一人部屋になっていてよかった)
親父がいなくなった病室で待つことの長いこと長いこと
当初1時間半の手術だと聞かされていたんですが
手術終わって先生の説明を受けたのが5時過ぎ
このとき
癌付きS字結腸と ごたいめ〜ん あとリンパと盲腸も切っていたので
見せて貰いました、
「こんばんはホルモン焼きか〜」なんて病室で冗談をいっていたのを思い出しました
実際に見てもそんなにグロいとも思いませんでした
デジカメももっていったのですが
とても不謹慎な気がしたのでやめました
そんなこんなで1時間
いったん病室に戻り 待機
そこからICUに入り麻酔から覚醒し
ある程度 意識がはっきりするまで1時間
そして呼ばれてICUへ
エレベーターでICUに向かうとき
そのエレベーターに兄とメイも乗っていてグットタイミング
ICUには3人までしか入れないので
小町っちゃんとメイは病室で待つことに
ICUに入ると親父が手前のほうにいて
目を閉じ顔をシワクチャにして苦悶の表情
「目を明けてん(明けてみて)」というと明けるんです
・・・聞こえよんや(聞えているんだ)よかった
どんな?と聞くと 「いはい いはい」 イタイ痛い と言っていました
どこが?と聞くと 「腹がいはい(痛い)」と申しました
鼻にチューブ入れて酸素マスクして意識がはっきりしてなかったら
痛いは→「いはい」になるわなぁ
痛いのは、そりゃいま切ったばっかりで麻酔も切れかかってるんやから当然といえば当然
生きている証
心の痛みも体の痛みも本人以外はわかりません
本人は痛がっているのにその場にいた3人は
手術が成功したこと、術後親父の顔を見れたこと、意識があったことに
よかったよかったいうて喜んでいました
でも親父の顔はシワクチャでした(そうとう痛いんやろな〜)
術前処置で鼻にチューブを入れるのを見て
病院の世話にはなりたくないと思いましたが
術後の親父の顔ゆーたらありません
なんせシワクチャなんですから
誰も手術して欲しいなんて望まないと思いますが
強く強くそう思いました
因→果です
頑固→癌です
いらち→高血圧です
シワクチャな顔した親父に「また来るから」と別れを告げ
やっと病室に帰ってきたのが7時前
みんなとちょこっと話をし帰路につきました
長い一日でした
帰りの車の中では
今日が無事おわってよかったこと
みんなが力をくれていること
何かあるたび お互いを理解できること、など話しながら帰ってきました
そうそう、去年今年と剣山、石鎚山にいっしょに登れたこともよかったと思えました
今年のしめくくりは親父の手術!?なんかな〜?
まだ20日ほどあるし なにがおきるかな?
私には怒涛の一年でした
こんなに意味ある濃い内容の1年はそんなにあるものじゃないです
来年は今年以上の良い年にしたいと思うかっぱでした
追記
家を出るときフェリーに乗る予定の時間を過ぎたので瀬戸大橋を使って帰ったのですが
早く着きすぎたのでうどんを食べました
久しぶりの「彦江」
んまい!
うますぎる
うどんは太め シコシコこしがあり
出汁はいりこだし 薄すぎず 濃い過ぎず 塩加減もバッチリ
絶妙です
クロスさんじゃないですが
1玉を三口半でたいらげました(クロスさんは2口半です)
讃岐のファーストフード
ええなぁ
ああ 香川 さぬきうどん 瀬戸大橋の料金安くして
彦江のうどんが41杯はたべれるしぃ
午前中に一人そのあとが番である
はじめ1時ごろからと言われていたのですが
呼びに来たのは2時45分
まあまあそこまでは親父本人がいるから
いろいろ話しながら 義姉、小町っちゃん、私と病室にいましたが
(病室では 親父も私も涙流しながらひーひー笑っていました
一人部屋になっていてよかった)
親父がいなくなった病室で待つことの長いこと長いこと
当初1時間半の手術だと聞かされていたんですが
手術終わって先生の説明を受けたのが5時過ぎ
このとき
癌付きS字結腸と ごたいめ〜ん あとリンパと盲腸も切っていたので
見せて貰いました、
「こんばんはホルモン焼きか〜」なんて病室で冗談をいっていたのを思い出しました
実際に見てもそんなにグロいとも思いませんでした
デジカメももっていったのですが
とても不謹慎な気がしたのでやめました
そんなこんなで1時間
いったん病室に戻り 待機
そこからICUに入り麻酔から覚醒し
ある程度 意識がはっきりするまで1時間
そして呼ばれてICUへ
エレベーターでICUに向かうとき
そのエレベーターに兄とメイも乗っていてグットタイミング
ICUには3人までしか入れないので
小町っちゃんとメイは病室で待つことに
ICUに入ると親父が手前のほうにいて
目を閉じ顔をシワクチャにして苦悶の表情
「目を明けてん(明けてみて)」というと明けるんです
・・・聞こえよんや(聞えているんだ)よかった
どんな?と聞くと 「いはい いはい」 イタイ痛い と言っていました
どこが?と聞くと 「腹がいはい(痛い)」と申しました
鼻にチューブ入れて酸素マスクして意識がはっきりしてなかったら
痛いは→「いはい」になるわなぁ
痛いのは、そりゃいま切ったばっかりで麻酔も切れかかってるんやから当然といえば当然
生きている証
心の痛みも体の痛みも本人以外はわかりません
本人は痛がっているのにその場にいた3人は
手術が成功したこと、術後親父の顔を見れたこと、意識があったことに
よかったよかったいうて喜んでいました
でも親父の顔はシワクチャでした(そうとう痛いんやろな〜)
術前処置で鼻にチューブを入れるのを見て
病院の世話にはなりたくないと思いましたが
術後の親父の顔ゆーたらありません
なんせシワクチャなんですから
誰も手術して欲しいなんて望まないと思いますが
強く強くそう思いました
因→果です
頑固→癌です
いらち→高血圧です
シワクチャな顔した親父に「また来るから」と別れを告げ
やっと病室に帰ってきたのが7時前
みんなとちょこっと話をし帰路につきました
長い一日でした
帰りの車の中では
今日が無事おわってよかったこと
みんなが力をくれていること
何かあるたび お互いを理解できること、など話しながら帰ってきました
そうそう、去年今年と剣山、石鎚山にいっしょに登れたこともよかったと思えました
今年のしめくくりは親父の手術!?なんかな〜?
まだ20日ほどあるし なにがおきるかな?
私には怒涛の一年でした
こんなに意味ある濃い内容の1年はそんなにあるものじゃないです
来年は今年以上の良い年にしたいと思うかっぱでした
追記
家を出るときフェリーに乗る予定の時間を過ぎたので瀬戸大橋を使って帰ったのですが
早く着きすぎたのでうどんを食べました
久しぶりの「彦江」
んまい!
うますぎる
うどんは太め シコシコこしがあり
出汁はいりこだし 薄すぎず 濃い過ぎず 塩加減もバッチリ
絶妙です
クロスさんじゃないですが
1玉を三口半でたいらげました(クロスさんは2口半です)
讃岐のファーストフード
ええなぁ
ああ 香川 さぬきうどん 瀬戸大橋の料金安くして
彦江のうどんが41杯はたべれるしぃ
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